工業鋳物の歴史

工業鋳物の歴史について


工業鋳物の歴史

長崎が出発点となった日本における工業鋳物の歴史

1853年
  • 浦賀に黒船来航
  • 徳川幕府「大船建造禁止令」を解除
1855年
  • 長崎に海軍伝修所設立
  • 艦船造修工場の設立計画立案
1857年
  • オランダ海軍将校ハルデスら一行来日
  • 浦上村淵字飽ノ浦で工場の建設に着手
1861年
  • 艦船造修工場「長崎鎔鉄所」完成

以後、明治初期までに、横浜、横須賀、石川島等に鋳物工場が設立され、日本産業の近代化を推し進めた。

幕末、開国の気運がた高まると、海防のの急務に迫られた幕府が、海軍伝習所を設立し、艦船造修工場の設立計画を立てます。
場所として選ばれたのは、当時、唯一海外に開かれていた長崎でした。材料もノウハウもなし日本にとっては、オランダに頼らざるをえなかったからです。
こうしてできた「長崎鎔鉄所」(のちに製鉄所と改称)は、日本で初めてとなる鋳鉄の溶解炉を完備。近代化産業の先駆けとなったのでした。

そして、長崎における鋳造技術は、その後、次第に暮らしの中に溶け込み、教会が多いという土地柄も関係してか「教会の鐘」の製造も行うようになります。

最初は防衛策から始まった技術かもしれませんが、今では日本各地の教会の鐘を手がけ、平和の祈りを長崎から全国へ響かせるに至っています。